2010年7月16日金曜日

積極的日本破滅論

ここ最近、日本の将来に関して暗い話題が多い。将来は没落するのみだとか借金でギリシャみたくなるだとか。まあ、バブル後の失われた10年がいつの間にか20年になりそうな気配だから仕方ないと言えば仕方ないが。

自分はあえて、日本をこの破滅へ積極的に推し進めるべきだという考え。

なぜか。

日本人は自由にものを創りだすことより改良することのほうが得意だと思う。そして、改良することが得意であることから抜本的な改革というのは自らの作用によっては期待できないのではないか。ならば、一度ぜーんぶリセットしてどっかうまく行っている国のシステムを真似、日本仕様にカスタマイズしたほうが将来的な繁栄が得られるのではないだろうか。

これには前例が2つある。明治維新と戦後の発展だ。

明治維新はこれまであった江戸幕府のものを全て捨ててリセットし、外国からシステムを輸入し(文明開化)、西洋に追いつこうとした。

第2次世界大戦に負けた日本はアメリカに占領され、これまであった制度を全て捨ててリセットし、アメリカの方式を受け入れ、日本仕様にカスタマイズし、今に至っている。

世の中ってのはその時その時にあった社会のシステムってのがあって、戦後日本はそのシステムにまさにぴったり合ってここまで成長できたわけだ。

で、何度めの産業革命かしらないが、ITによって間違いなく今の社会は変わり始めている。そろそろ、この日本のシステムも合わなくなってきている。いろいろなものを変えなければ言われているように没落であったり破滅の道へ進む。

もう一度繁栄するためにはどうしたらいいか。オバマが言ったように「CHANGE」しかない。けど残念かな、日本は自ら変わるというのは民族性からして期待できないと思う。迫られないと変われない。まあ、それでここ100年ぐらいはうまくいってるからある意味本気出して変わったら期待できると思うがね。そういう意味で破滅はさっさと来たほうがいい。前提として日本人の底力は期待してるから。改良して使うというのがうまいからパッチをあてて対応しようとしているのだけど、それだとシステムから特化したところに負けてしまうからね。

自ら変わろうとしないなら黒船の到来を待つか、さっさと破滅してリセットしてやり直したほうがいいよ。

2010年7月13日火曜日

選挙権は赤ちゃんから

選挙権は赤ちゃんから与えてみてはどうだろう。小さい子は親がその分投票権を持つとして。子どもほうがより長くこの国で生きるのだから、その分の票を傾斜して親に与えてもいいんじゃない?
もちろん中学生ぐらいで、ませたやつなら自分で投票してもいい。

子どもは判断能力がないっていうならボケた老人から投票権取り上げろよ。老人ホームの投票とか危ない臭いがするけどなー。施設長立ち会いのもと投票ってあるけど、ボケてたならいくらでも改ざんできそうな気がするでもない。( http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hp/menu000001800/hpg000001743.htm)

まあ誰だったかの、「若者が政治に興味を持ってないのは世の中が平和な証拠」ってのがあったけど、何だかんだで日本は平和だと思うわ。若者の政治離れとか言いますが、上がまともならそこまで問題じゃないと思うけどね。あ、上が問題だから今問題になってるんですね^^

某野球選手は「ベンチがアホやから野球がでけへん」と言ったらしいけど、「国民がアホやから政治がでけへん」だと思いますがね。

2010年6月29日火曜日

天才による発展

 物理と数学は天才による発展だと思う。よくある理系文系論争において理系が文系を軽視しがちな理由は理系学問が天才による発展で文系が秀才による発展だから。

 ニュートン、アインシュタイン、ラグランジュ、ガウス…と学問において、次々と偉大な結果を残した人の名前が挙がるのは物理と数学だけ。特に文系の学問は名前は挙がるものの、次々と名前が挙がる、というわけではない。

なぜか。

 それは数学と物理は天才による飛躍を繰り返してきたから。なめらかに発展してきたわけではない。発見であったり、新たな概念であったりによるブレイクスルーを繰り返して発展してきた。そのブレイクスルーを起こすたびに起こした人の名前が物理学史であったり数学史に刻まれる。だから他の学問に比べ、学問の発達に尽くした人の名前がたくさん挙がる。

 また、学問の性質によるところもある。理系学問は明確な正解が存在する。自然の中からの発見、それを説明するような理論と、ただ一つに決まることが多い。一方文系学問はこれが正解ということがない。人間的なことを扱うので、これが正解ということがない。何か新しい解釈をしたとしても、解釈の一つとして処理される。だから名前がなかなか残らない。

 僕は理系は天才が切り開き、文系学問は秀才が切り開いてきたものだと思う。数学と物理は、こつこつと積み上げて行ってもあるとき、一気に崩れて新しいものに変わる。コペルニクス的転回、量子力学など。文系学問は歴史系はともかく、文化系や社会系のものはこれまであった概念にさらに別の概念を重ね合わせていく、という感じがする。

積み上げて壊して積み直しの理系、積み上げ続ける文系。

 数学と物理が難しい(と僕が勝手に思ってる)のは、今学んでいることは過去の天才たちが築き上げてきたたからで、それを凡人である僕が同じように学ぶのは大変だということだ。式展開一個取ってみても考えて考え抜いて初めて式展開が理解できることがある。

 何が言いたいかと言うと物理大変です。

2010年6月27日日曜日

かわいいは正義

よく女は計算してるとか腹黒いとかいうけど、いいじゃんって思う。
かわいいは正義。女は愛嬌。

いやだって、そう言ってるお前らだってどうせ本当の自分に仮面をつけて生きてるんだろ? いいじゃん、多少計算だろうがかわいければ。

例えばさ、資産家の男がいてそいつの資産目当てで計算高い女がすり寄っていったとする。周りから見ればドン引きだけど、本人がそれで幸せならいいんじゃないんですか。

だいたい他人から見ればどれが本音で建前とか本心なのか演技とかわかるわけないじゃん。そんな風に計算とか疑ってるほうが疲れるだろ。

あと、天然な子って可愛いよねって言った後返される「それは計算だろ」ということについて。
いやそれは逆にご褒美だろうと。天然を装って実は計算高いとかマジで背中ゾクゾクするレベル。天然と腹黒いというギャップがたまらない。で、それをみんなが知らなくて自分だけが知ってるとかだったりするとさらにたまらない。仮面優等生とかまじであり。
つまり、アマガミやりたい。

 アイマスで好きなのも「あざとい」とか揶揄されることもある春香と「高慢」な伊織だったりするから仕方ないね。え、それってドMなんすか。知りません。

CMでもやってんじゃん。「かわいいはつくれる」って。あれが真理だよ。

2010年6月26日土曜日

2流研究のススメ

中学の国語の文法の授業の時に読まされた文章。
「2流の研究の勧め」
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1290/end.html

 今の研究と言うのは企業が莫大な金額と人材をかけて科学をするというのが主流である。個人が立ち向かうには大企業が研究してる超一流になることが見えてる一流研究ではなく二流研究を進めるべきだ。科学はある意味ギャンブルなのだから。

 というのがこの文章の大体の要旨。中学の時に読んで以来、自分のポリシーになってる。まあ、能力がない自分みたいな二流の人間が成果を上げるには、分野が拡大しているところか二流研究で独自研究をするしかないなーと思ってる。

 やっぱり自分みたいな無能ができるやつらと同じフィールドで争ってもなかなか勝てないわけだ。日経BPで江崎玲於奈は

 ―― 創造性は左右するポイントはどこにあるのでしょう。

 江崎 新しい分野を見つけることです。そうすれば二流の人間でも一流の仕事ができる。私が大学を卒業した1947年は米国のベル研究所でトランジスタが発明されました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20091228/211927/?P=3

と言ってる。
 
 もちろんある程度のところまでは基礎をみっちり鍛えないと応用としての「2流研究」はできないけれども。剣道での「守破離」、教えを「守り」、型を「破り」、師から「離れる」。ある程度勉強したり実力付けたりしたら、どっかで飛び出ないと自分がいる意味がねーと思うんだけどな。

 まあ、そういう考えを持ってはいるけどまず自分は勉強しなきゃいけないけどね。テスト期間中なので。