研究ノート is 何?
誰も教えてくれないというか恥ずかしくて聞けなかったというのが本当のところなんだけど、4月に大学院入学してもう半年以上経ってるのに研究ノートというのがいまいちよくわからなくて困ってた。研究メモだよとか言われてもよくわかんないし、何書いたらいいんだよって思ってて時々メモ帳代わりに使ってただけ。
で、ここ最近というか今日なんだけど、観測実習の準備と来日してるCrossfieldからのアドバイスをメモったりそれ参考にしてやったりしててで気づいたんだけど、研究ノートというのは研究「日記」だということ。今日自分が何をしたのか、何のコマンドを使ったのか、明日のタスクは?というのを書くものだということだと理解しました。やっとかもしれんが。
いやまあそれを気づくに至った理由なんですが、至ってシンプルであれこれ前やった時どの数値、コマンド使ったっけというのが全くを持って忘れててまたグーグル先生に聞き直したり計算しなおしたりしてだるかったからです。
じゃあこれまでどうしてたのかというとgeneral educationが重要ということで普通に勉強なわけでメモする重要性を感じてなかったんだよね。ゼミの準備とかも普通にゼミ資料とかプレゼン資料で残ってるわけだし、わざわざノート書く理由がなかった。
研究ノートって実験ノートと同じじゃんって思ったけど、実験ノートと違うのは論文の存在。読んだ論文とか参照する論文とか感想とかって実験ノートじゃ書かないじゃん。でも、日記なら書くでしょ。ログなわけだ。忘れやすいから。
だから、研究ノートは研究日記。些細なことでもあとで読み返してわかるように日記のように書こう。
というので自分では腑に落ちました。
というのを忘れないうちに書いておきます。
2013年11月14日木曜日
好きなものリスト
研究で疲れて帰ってきてブログ書く気力がなかった上に艦これやりまくってたからブログ書いてなかった。
なんていうかこの間の京都伊勢高山弾丸旅行の時にも話したんだけど、自分が好きだったものが好きじゃなくなるってすげー悲しい。なんていうかな…あれほど情熱的に熱狂的に好きだったものに対する魔法が解けたように自分が変わってしまったということがわかってしまう。いやまあしょうがないというか変化は仕方のないことでそうなんだけど、あの時の気持ちも本物で今の気持ちも本物だとするといつかは全てのものに飽きが来ちゃってたぶん自殺すると思うんだよね。怖いわけじゃないけど、あの時の気持ちを思い出せなくなっちゃうのは悲しいから今好きなものをちょっとリスト化しようかなと思いました。2013年に買ったものとかかな。twitterでいろいろとぼやいてるからtwilog漁るのでもいいんだけど、それだと探すのがだるい。
・輪るピングドラム
BDついに買いました。全話見直すのは時間なくて無理だけど1ヶ月ぐらい前に1話と10話見て、18話見たらやっぱり泣きました。愛の話なんだよなあ。
・やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
アニメの3話あたりでお前が俺を交通事故に遭わせたことに負い目があって優しくしているならやめろというヒッキーのセリフで一気に好きになりました。BDは買ってないけど原作は全巻買った。
・GJ部
フェチアニメ。かわいい。BD買った。2軍のファンタジスタTシャツ欲しかった…。2期楽しみ。チカラメシとのコラボにも行ったけど楽しい。ダメダカラネー
・ガールズアンドパンツァー
12年の11月と13年の5月に大洗行った。結構劇中の場所回る聖地巡礼楽しい。あと5月行った時はガルパンかくれんぼやってて等身大パネルが街中にあって捗った。また折を見て行きたい。あ、BDも買いました。OVAは買ってない。それ以外のグッズは買ってないな―なんかアニメで完結してる。
・艦これ
7月に舞鶴に着任して今、提督Lv.99。先輩も某スタッフもやってる。イベントで武蔵取ったけど、最近ゲームバランス崩れすぎてゴミ化しそう。5-3くそだる。自分の気に入った艦娘は集中的に育てて装備とかも揃えるけど、嫌いな朝潮型とかどうでもいいのは弾除けとかストレス溜まった時に轟沈させたりしてるある意味ブラック鎮守府です☆ 五十鈴と那珂ちゃんは割りと理不尽にいじめたい。ストレスたまってるんですかね。運ゲーにシフトしてゴミゲーになりつつあるので、どうにかしてください。とりあえずまだやってるし、気に入った子がいるからやめないけど、アニメ化ってどうなるんでしょ。
こんなもんですかね。アイマスは赤羽のシークレットイベントの発表部分だけ中継みたけど、割りと新作発表でもときめかないで今頃かよって感じになってた。たぶん完全に情熱が失せてる。春香さんアイコンは替えないけど。春香さんに対してはやっぱり好きとか愛してるとかじゃなくて完全に刺さってるんだと思います。
なんていうかこの間の京都伊勢高山弾丸旅行の時にも話したんだけど、自分が好きだったものが好きじゃなくなるってすげー悲しい。なんていうかな…あれほど情熱的に熱狂的に好きだったものに対する魔法が解けたように自分が変わってしまったということがわかってしまう。いやまあしょうがないというか変化は仕方のないことでそうなんだけど、あの時の気持ちも本物で今の気持ちも本物だとするといつかは全てのものに飽きが来ちゃってたぶん自殺すると思うんだよね。怖いわけじゃないけど、あの時の気持ちを思い出せなくなっちゃうのは悲しいから今好きなものをちょっとリスト化しようかなと思いました。2013年に買ったものとかかな。twitterでいろいろとぼやいてるからtwilog漁るのでもいいんだけど、それだと探すのがだるい。
・輪るピングドラム
BDついに買いました。全話見直すのは時間なくて無理だけど1ヶ月ぐらい前に1話と10話見て、18話見たらやっぱり泣きました。愛の話なんだよなあ。
・やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
アニメの3話あたりでお前が俺を交通事故に遭わせたことに負い目があって優しくしているならやめろというヒッキーのセリフで一気に好きになりました。BDは買ってないけど原作は全巻買った。
・GJ部
フェチアニメ。かわいい。BD買った。2軍のファンタジスタTシャツ欲しかった…。2期楽しみ。チカラメシとのコラボにも行ったけど楽しい。ダメダカラネー
・ガールズアンドパンツァー
12年の11月と13年の5月に大洗行った。結構劇中の場所回る聖地巡礼楽しい。あと5月行った時はガルパンかくれんぼやってて等身大パネルが街中にあって捗った。また折を見て行きたい。あ、BDも買いました。OVAは買ってない。それ以外のグッズは買ってないな―なんかアニメで完結してる。
・艦これ
7月に舞鶴に着任して今、提督Lv.99。先輩も某スタッフもやってる。イベントで武蔵取ったけど、最近ゲームバランス崩れすぎてゴミ化しそう。5-3くそだる。自分の気に入った艦娘は集中的に育てて装備とかも揃えるけど、嫌いな朝潮型とかどうでもいいのは弾除けとかストレス溜まった時に轟沈させたりしてるある意味ブラック鎮守府です☆ 五十鈴と那珂ちゃんは割りと理不尽にいじめたい。ストレスたまってるんですかね。運ゲーにシフトしてゴミゲーになりつつあるので、どうにかしてください。とりあえずまだやってるし、気に入った子がいるからやめないけど、アニメ化ってどうなるんでしょ。
こんなもんですかね。アイマスは赤羽のシークレットイベントの発表部分だけ中継みたけど、割りと新作発表でもときめかないで今頃かよって感じになってた。たぶん完全に情熱が失せてる。春香さんアイコンは替えないけど。春香さんに対してはやっぱり好きとか愛してるとかじゃなくて完全に刺さってるんだと思います。
2013年6月17日月曜日
ロジカルでわかってもらえるとは限らないというかこれ愚痴だ
ロジカルに話すことがが正しくて、ロジカルに話せば人にわかってもらえる(自分がロジカルに話されれば納得するから)と思ってるのが理系に非常に多いと思う。でも、全てにおいて論理で進めていけば絶対正しい、納得できるところに行けるとは限らないと思うんですよね。
なんて言うかそれは本当にそうなのかを疑う科学、理系側なのに論理に対しては絶対の信頼をしているのが気に入らないって感じで、そこにゲーム理論での囚人のジレンマやゲーデルの不完全性定理のもあるようにで合理的に考えてもドツボにはまることはあるんだよ、って言いたい。
ゲーデルの不完全性定理を知ってれば論理で展開していっても答えられないことがあることを知ってるはずだし、囚人のジレンマ知ってれば合理的に考えていってもベストにたどり着くわけではないことを知っているはず。
なんだろなー、もしかしたら俺が念頭に置いて書いてるロジカルなやつが実はロジカルじゃないからこう思ってるだけかもしれんかなとも思い始めてわけわかんなくなってきた。議論というよりアイデア出し、テーマ決めでの会議でのことだから論理というより発想力の話で、ある固定されたところから話を進めるのは論理的だから得意だけれど、話がごちゃごちゃになって全然論理的でないこともめっちゃ出るのに耐えられない頭の回転の遅さなのか。
結局のところ真面目だけれど頭の悪いというか回転の遅いというか自分の言葉で言い換えができないというかよくわかんないけど嫌いってことなんだろう。
やっぱり論理も重要なんだけど論理が絶対じゃなくてそれだけじゃないって感じなんだよなー。挫折してない理想論者って嫌いってことなんすかな。あーこれかなー。
理屈こねこねしてても一発の発見、実験でその理屈、論理的に組み上げてきたものが一気にぶっ壊れるってのが物理学の歴史であったから、そういう理論のほうでぶっ壊されるかもしれないのわかって言ってるの? って感じなのか。
よくわかんなくなりました。
なんて言うかそれは本当にそうなのかを疑う科学、理系側なのに論理に対しては絶対の信頼をしているのが気に入らないって感じで、そこにゲーム理論での囚人のジレンマやゲーデルの不完全性定理のもあるようにで合理的に考えてもドツボにはまることはあるんだよ、って言いたい。
ゲーデルの不完全性定理を知ってれば論理で展開していっても答えられないことがあることを知ってるはずだし、囚人のジレンマ知ってれば合理的に考えていってもベストにたどり着くわけではないことを知っているはず。
なんだろなー、もしかしたら俺が念頭に置いて書いてるロジカルなやつが実はロジカルじゃないからこう思ってるだけかもしれんかなとも思い始めてわけわかんなくなってきた。議論というよりアイデア出し、テーマ決めでの会議でのことだから論理というより発想力の話で、ある固定されたところから話を進めるのは論理的だから得意だけれど、話がごちゃごちゃになって全然論理的でないこともめっちゃ出るのに耐えられない頭の回転の遅さなのか。
結局のところ真面目だけれど頭の悪いというか回転の遅いというか自分の言葉で言い換えができないというかよくわかんないけど嫌いってことなんだろう。
やっぱり論理も重要なんだけど論理が絶対じゃなくてそれだけじゃないって感じなんだよなー。挫折してない理想論者って嫌いってことなんすかな。あーこれかなー。
理屈こねこねしてても一発の発見、実験でその理屈、論理的に組み上げてきたものが一気にぶっ壊れるってのが物理学の歴史であったから、そういう理論のほうでぶっ壊されるかもしれないのわかって言ってるの? って感じなのか。
よくわかんなくなりました。
2013年4月29日月曜日
日本人の愛国心について
よく日本人は愛国心がないと言われる。もし戦争が起こったときに国のために戦うかという質問で戦うと答えた比率は回答国中最下位という結果があるように、国に対する忠誠が低いとも言わている。まあそのことで自称愛国者の方々はけしからんと憤ったり、国を愛するのは当然とか言って売国奴探しに忙しいわけだ。
しかしながらこの「愛国心」という言葉、英語では2つの単語に分かれる。ナショナリズム(nationalism)とパトリオティズム(patriotism)である。この違いを意識して愛国心という言葉を使っている人は少ないように思える。ナショナリズムとしての愛国心は「国」、今の政治体制だったりその土地を支配する国家に対する忠誠というもの。パトリオティズムとしての愛国心は「郷土」、自分の故郷を懐かしんだり愛したりするもの。
実のところ、大多数の日本人はパトリオティズムとしての愛国心はかなり持っているように思われる。自分の故郷を自慢するケンミンSHOWみたいな番組などいろいろやっており、芸能人も誇らしげに自分の故郷について話すことが多い。日本人の精神的な故郷、「クニ」というのは自分の出身都道府県であって日本全体についてではないのではないか。これはcountryとnationの違いとも言えると思う。地域を指すcountryと国家を指すnation。多くの日本人が帰属意識を持っているのは自分の出身都道府県、countryのほうではないだろうか。
その代わりに日本人は国家に対する帰属意識が希薄であり、これが冒頭での国のために戦うかという質問で戦うと答える比率が最下位という結果につながっていると考えられる。これはもちろん島国ということが大きい。陸続きの場合、隣国が存在することで否応なし国家を意識する。日本はそれがない代わりに上京して東京と自分の出身道府県を比べることで故郷を意識しているのではないか。そして言うのだ、「ああなんだかんだで地元はよかったなあ」と。そうして故郷への帰属意識が生まれるのではないだろうか。
またそもそも「お国のために戦う意識」が低いのは、国のために立ち上がるという意識が薄いということが人々の間にあるからだ。明治維新、1945年の敗戦はともにお上がガラっと変わったのであって、フランス革命であったり独立戦争のように「市民」が立ち上がって国家を変えたという経験が日本人にはない。ある意味日本人は未だ「村人」である。これ、「市民」意識というか国民による革命みたいに旧体制の転覆を成功させたことがあるか、ゲリラとか国民総動員で戦争に勝利したことあるかなどの経験のあるなしは大きいと思う。国家が成立した近代以降の日本人は結局人口の数%~1割の武士による明治維新とアメリカの押しつけというか敗戦による戦後民主主義しか経験してないため、国民の手で国を何とかするという意識が低いのはしょうがないとも思える。
どうせ個人の運動が国家を変えることなんてないさ、という諦念が人々の間にはある。この一番の原因はKGBの工作もあったとはいえ、安保闘争が完全に敗北したことによる挫折であると思う。第二次世界大戦の処理が戦争を経験してる人々が死なないと完全に風化しないように、この個人の運動で国家を動かせなかったという安保闘争の挫折の経験の払拭には安保闘争直撃世代、団塊の世代が死ぬまではかかると思う。つまりもう20年だ。20年後には、おそらく30歳ぐらいまでの若者の世代の愛国心、国家運営観はこれまでの敗戦、安保闘争の敗北が受け継がれない、断絶したものを持つだろうと予測しておく。
現代日本人の国家観というのは日本=大和民族、単一民族となっている。ただしこの日本=単一民族は、歴史的に言えば戦前は左派が使っていて戦後は右派が使うというねじれ構造になっている(ref: 小熊英二 「<民主>と<愛国>―戦後ナショナリズムと公共性」)。多民族国家では国家をまとめるためには人々が旗のもとに集まるという意識が強い。例えばアメリカだ。その一方で日本が単一民族国家だという思い込みによってそもそも旗のもとに集まるということが、薄いのではないか。日本人にとって国家というのは血の繋がりであり、それは憲法で日本の象徴とされている天皇家が血の繋がりであることが示している。
ただそうなると同じように島国で王室があるイギリスとの比較になってくる。じゃあ何が違うのかといえば、やはり海の向こうとの関わりあい、異文化体験の違いかなと思う。1800年代から植民地を持ち異文化が入ってきており、また王室も他国との血の交流がある状況と、鎖国を続けてきた状況では違うのかなと。ここらへんは難しい。
ただやっぱり血の繋がり、大和民族かそうでないかというは感じられて、ほら、南部陽一郎がノーベル物理学賞を受賞した時に、アメリカ人であるのにまるで日本人が受賞したかのように報道があったでしょう? それがその傍証。
これまでグダグダと書いてきたけど、結局のところtribe(部族)による血の繋がりに準拠するtribalism(部族主義)とその家族が住むcountryに対するpatriotismが日本の愛国心の正体。
なので、冒頭に書いた国防意識の調査においては、国(nation)を守りますか?はナショナリズム的な意味なので低い結果になっているが、あなたの故郷を、家族を守りますか?というパトリオティズム的な文脈で聞いた場合、50%を超えると思う。質問文によって結果が異なるはず。
まあしかし、一夜で世論が3割から7割に変わる国民性だからわからんよ(笑)。マッカーサーの「12歳の国」じゃないけど、精神面はガキで空気読めという国民性だから、世間の空気が戦わないやつは非国民になったらこの意識も一気に変わるよ。大学入る前からこの先数年で一気に右旋回するというのが現実となってきたのを見るとね。とこれまで書いてきた分析を無視にして終わります。
しかしながらこの「愛国心」という言葉、英語では2つの単語に分かれる。ナショナリズム(nationalism)とパトリオティズム(patriotism)である。この違いを意識して愛国心という言葉を使っている人は少ないように思える。ナショナリズムとしての愛国心は「国」、今の政治体制だったりその土地を支配する国家に対する忠誠というもの。パトリオティズムとしての愛国心は「郷土」、自分の故郷を懐かしんだり愛したりするもの。
実のところ、大多数の日本人はパトリオティズムとしての愛国心はかなり持っているように思われる。自分の故郷を自慢するケンミンSHOWみたいな番組などいろいろやっており、芸能人も誇らしげに自分の故郷について話すことが多い。日本人の精神的な故郷、「クニ」というのは自分の出身都道府県であって日本全体についてではないのではないか。これはcountryとnationの違いとも言えると思う。地域を指すcountryと国家を指すnation。多くの日本人が帰属意識を持っているのは自分の出身都道府県、countryのほうではないだろうか。
その代わりに日本人は国家に対する帰属意識が希薄であり、これが冒頭での国のために戦うかという質問で戦うと答える比率が最下位という結果につながっていると考えられる。これはもちろん島国ということが大きい。陸続きの場合、隣国が存在することで否応なし国家を意識する。日本はそれがない代わりに上京して東京と自分の出身道府県を比べることで故郷を意識しているのではないか。そして言うのだ、「ああなんだかんだで地元はよかったなあ」と。そうして故郷への帰属意識が生まれるのではないだろうか。
またそもそも「お国のために戦う意識」が低いのは、国のために立ち上がるという意識が薄いということが人々の間にあるからだ。明治維新、1945年の敗戦はともにお上がガラっと変わったのであって、フランス革命であったり独立戦争のように「市民」が立ち上がって国家を変えたという経験が日本人にはない。ある意味日本人は未だ「村人」である。これ、「市民」意識というか国民による革命みたいに旧体制の転覆を成功させたことがあるか、ゲリラとか国民総動員で戦争に勝利したことあるかなどの経験のあるなしは大きいと思う。国家が成立した近代以降の日本人は結局人口の数%~1割の武士による明治維新とアメリカの押しつけというか敗戦による戦後民主主義しか経験してないため、国民の手で国を何とかするという意識が低いのはしょうがないとも思える。
どうせ個人の運動が国家を変えることなんてないさ、という諦念が人々の間にはある。この一番の原因はKGBの工作もあったとはいえ、安保闘争が完全に敗北したことによる挫折であると思う。第二次世界大戦の処理が戦争を経験してる人々が死なないと完全に風化しないように、この個人の運動で国家を動かせなかったという安保闘争の挫折の経験の払拭には安保闘争直撃世代、団塊の世代が死ぬまではかかると思う。つまりもう20年だ。20年後には、おそらく30歳ぐらいまでの若者の世代の愛国心、国家運営観はこれまでの敗戦、安保闘争の敗北が受け継がれない、断絶したものを持つだろうと予測しておく。
現代日本人の国家観というのは日本=大和民族、単一民族となっている。ただしこの日本=単一民族は、歴史的に言えば戦前は左派が使っていて戦後は右派が使うというねじれ構造になっている(ref: 小熊英二 「<民主>と<愛国>―戦後ナショナリズムと公共性」)。多民族国家では国家をまとめるためには人々が旗のもとに集まるという意識が強い。例えばアメリカだ。その一方で日本が単一民族国家だという思い込みによってそもそも旗のもとに集まるということが、薄いのではないか。日本人にとって国家というのは血の繋がりであり、それは憲法で日本の象徴とされている天皇家が血の繋がりであることが示している。
ただそうなると同じように島国で王室があるイギリスとの比較になってくる。じゃあ何が違うのかといえば、やはり海の向こうとの関わりあい、異文化体験の違いかなと思う。1800年代から植民地を持ち異文化が入ってきており、また王室も他国との血の交流がある状況と、鎖国を続けてきた状況では違うのかなと。ここらへんは難しい。
ただやっぱり血の繋がり、大和民族かそうでないかというは感じられて、ほら、南部陽一郎がノーベル物理学賞を受賞した時に、アメリカ人であるのにまるで日本人が受賞したかのように報道があったでしょう? それがその傍証。
これまでグダグダと書いてきたけど、結局のところtribe(部族)による血の繋がりに準拠するtribalism(部族主義)とその家族が住むcountryに対するpatriotismが日本の愛国心の正体。
なので、冒頭に書いた国防意識の調査においては、国(nation)を守りますか?はナショナリズム的な意味なので低い結果になっているが、あなたの故郷を、家族を守りますか?というパトリオティズム的な文脈で聞いた場合、50%を超えると思う。質問文によって結果が異なるはず。
まあしかし、一夜で世論が3割から7割に変わる国民性だからわからんよ(笑)。マッカーサーの「12歳の国」じゃないけど、精神面はガキで空気読めという国民性だから、世間の空気が戦わないやつは非国民になったらこの意識も一気に変わるよ。大学入る前からこの先数年で一気に右旋回するというのが現実となってきたのを見るとね。とこれまで書いてきた分析を無視にして終わります。
2013年3月28日木曜日
大学を卒業して
3日前になりましたが、筑波大学理工学群物理学類卒業しました。学士(理学)です。この大学の4年間で学んだことのドヤ顔アドバイスとか筑波大学とはとは受験生に向けた筑波大学の物理はこんなとこだよー的なドヤ顔アドバイスその2を書こうかなと思います。ほとんど愚痴みたいなもんですが、気持ちいいので書きます。
・4年間から学んだことや物理の後輩へのドヤ顔アドバイス
具体的な勉強法的なアドバイスや量子力学統計力学のここの部分について的なアドバイスはないです。というかそこらへんはドヤ顔アドバイスできないので。勉強して学類トップ3までに入ると主席は卒業式で学類代表として卒業証書を受け取ったり、2位3位は学位記授与式で学類長賞がもらえるので勉強を頑張ってみてもいいんじゃないんですかね。
まあ無難に言えば、自分で学ぶという習慣をつけてください。これ他人の言葉の受け売りですが、強いて勉めるのが高校までの勉強なのに対して、自ら問い学ぶのが学問です。自発的にやるのがいいでしょう。あと自分の経験では、すばる望遠鏡観測体験企画みたいに研究機関でやってる大学生向けのサマースクールに参加すると、各大学の人と交流できていいので、積極的に参加して人脈を広めると捗ると思います。
学類ぼっちで過去問とか回ってこなくても普通に卒業できたので、もし今ぼっちで悩んでる人がいたら気にしなくてもいいです。あ、たださすがに過去問入手して友人たちと切磋琢磨してるやつらに比べると労力が必要になるので、成績がBC連発になるので、それだけは仕方ないね。
・筑波大学について
個人的に筑波の物理に失望したというか、twitterでも書いたんですが、1年生の確か雑談だかなんだかの時だった時に主席になったやつに「なんでTgrRは東工大に行かなかったのか」と言われたんですよね。なんていうか、自分はACで入ったんで学類の一般のやつらと比べたら劣っていると、大学にはもっとすごいやつがいるもんだと思ってたんです。まあ話の文脈的には確か自分が志望は東工大だったんだけどACで受かったから~的な話だったから、お世辞も入った上での話だったと思うんですけど、やっぱりそれは自分にとっては失望するきっかけとなる一言だったなあと思います。それまでの演習とかでもあれ、もしかして周りはそれほど出来るわけじゃない?と疑ってた部分もあったんですがね。
なんていうか、自分はACで入ったから一般入試組に比べて劣っている、才能あるやつがいる、そういう人たちに負けないように自分は勉強して頑張らなきゃいけない、そう思ってたんですよ。だから、自分は周りと比べて劣っていない、むしろ優れている部分もあるということを知ってしまって、元々の自分の調子乗りやすい性格もあるんですが、周りを見下すじゃないですが、失望してしまったんですよ。なんていうか自分よりもできるやつじゃなくて、とんでもなくできる、飛び抜けたやつを望んでいたんですよ。まあそういう飛び抜けたやつもいてそいつは留学生だったんですが。上を見る意識高い状態で自分のレベルは低く、周りのレベルもとてつもないほどじゃないということに耐えられなかったんですね。この意識高くて周りのレベルも低い状況でイチローなどの一流の人はそれでも環境に流されずちゃんと自分のために努力できるんですが、僕は弱き人間なのでこのような自由に耐え切れなかった感じです。もはやこれ完全に自分が勉強しなかった言い訳以下の愚痴なんですが、許して。blogだし。まあでもこうやって愚痴ってやらない言い訳探している間に主席のやつは周りの奴らと切磋琢磨して成績伸ばしてたんでどうにもならないです。まあだからこそ環境に言い訳ができないところに行くので、そこで本当に自分が才能あるのか、頑張れるのか、というのを知りたいと思います。
愚痴が長くなりましたが、筑波大学の印象なんですが、これもよく言ってるんですが各都道府県のトップクラス公立高校の成績10番目あたりの人が来てる大学って感じです。わかりますかね。みんなチャラいのも含めて真面目なんですよね。ガチクズはいなくていい人ばかりの感じです。だからそういう人にとってはすごいいい大学だと思います。
ただ逆に大学に行って刺激を受けたいって人には退屈なところだと思います。運良くそういう人と出会わないと。東京から離れて閉鎖環境な田舎なのも大きい。
いやでもまあ、卒業した感想は悪くはないと思うけど最高ではないよね、って感じですね。周りはいい人が多いんで。高専から3編したサークル先輩も言ってたんですが、面白みはないと思います。真面目って感じですね。良い人が多いんだけどね…って感じです。あ、でも情報系のACはマジでキマってるんでそこに行く人は飽きないと思います。
・筑波大学の物理に向いてる人
上を見ずに自分の足元を見れる人。下手に東大京大とか上の人がいるんだと肩の力を入れると、自分のレベルの低さで失望するのに耐えられても、周りのレベルの東大京大レベルと比べた時の低さで耐えられなくなって死にます。ACや推薦で受験早めに切り上げるならともかく、大学に行って本当にできるやつに会いたいと思ってる人は浪人してでも東大目指しましょう。あそこは物理オリンピック金メダリストとかいて才能に会えるから。まあこれは自分の教訓ですが、あまり大学に対して期待を持ちすぎると落差があって失望してしまうんで、あまり希望は持たないように。むしろ周りの環境に希望を持つぐらいなら自分で頑張れるようにしましょう。
こんなもんですかね。気持ちいいとか上に書きましたが、自分の大学時代の負の側面と向き合ったんでだいぶ落ち込んでますが、後輩へのアドバイスというか参考にほんのすこしでもなればと思って、苦痛だけど公開しておきます。
・4年間から学んだことや物理の後輩へのドヤ顔アドバイス
具体的な勉強法的なアドバイスや量子力学統計力学のここの部分について的なアドバイスはないです。というかそこらへんはドヤ顔アドバイスできないので。勉強して学類トップ3までに入ると主席は卒業式で学類代表として卒業証書を受け取ったり、2位3位は学位記授与式で学類長賞がもらえるので勉強を頑張ってみてもいいんじゃないんですかね。
まあ無難に言えば、自分で学ぶという習慣をつけてください。これ他人の言葉の受け売りですが、強いて勉めるのが高校までの勉強なのに対して、自ら問い学ぶのが学問です。自発的にやるのがいいでしょう。あと自分の経験では、すばる望遠鏡観測体験企画みたいに研究機関でやってる大学生向けのサマースクールに参加すると、各大学の人と交流できていいので、積極的に参加して人脈を広めると捗ると思います。
学類ぼっちで過去問とか回ってこなくても普通に卒業できたので、もし今ぼっちで悩んでる人がいたら気にしなくてもいいです。あ、たださすがに過去問入手して友人たちと切磋琢磨してるやつらに比べると労力が必要になるので、成績がBC連発になるので、それだけは仕方ないね。
・筑波大学について
個人的に筑波の物理に失望したというか、twitterでも書いたんですが、1年生の確か雑談だかなんだかの時だった時に主席になったやつに「なんでTgrRは東工大に行かなかったのか」と言われたんですよね。なんていうか、自分はACで入ったんで学類の一般のやつらと比べたら劣っていると、大学にはもっとすごいやつがいるもんだと思ってたんです。まあ話の文脈的には確か自分が志望は東工大だったんだけどACで受かったから~的な話だったから、お世辞も入った上での話だったと思うんですけど、やっぱりそれは自分にとっては失望するきっかけとなる一言だったなあと思います。それまでの演習とかでもあれ、もしかして周りはそれほど出来るわけじゃない?と疑ってた部分もあったんですがね。
なんていうか、自分はACで入ったから一般入試組に比べて劣っている、才能あるやつがいる、そういう人たちに負けないように自分は勉強して頑張らなきゃいけない、そう思ってたんですよ。だから、自分は周りと比べて劣っていない、むしろ優れている部分もあるということを知ってしまって、元々の自分の調子乗りやすい性格もあるんですが、周りを見下すじゃないですが、失望してしまったんですよ。なんていうか自分よりもできるやつじゃなくて、とんでもなくできる、飛び抜けたやつを望んでいたんですよ。まあそういう飛び抜けたやつもいてそいつは留学生だったんですが。上を見る意識高い状態で自分のレベルは低く、周りのレベルもとてつもないほどじゃないということに耐えられなかったんですね。この意識高くて周りのレベルも低い状況でイチローなどの一流の人はそれでも環境に流されずちゃんと自分のために努力できるんですが、僕は弱き人間なのでこのような自由に耐え切れなかった感じです。もはやこれ完全に自分が勉強しなかった言い訳以下の愚痴なんですが、許して。blogだし。まあでもこうやって愚痴ってやらない言い訳探している間に主席のやつは周りの奴らと切磋琢磨して成績伸ばしてたんでどうにもならないです。まあだからこそ環境に言い訳ができないところに行くので、そこで本当に自分が才能あるのか、頑張れるのか、というのを知りたいと思います。
愚痴が長くなりましたが、筑波大学の印象なんですが、これもよく言ってるんですが各都道府県のトップクラス公立高校の成績10番目あたりの人が来てる大学って感じです。わかりますかね。みんなチャラいのも含めて真面目なんですよね。ガチクズはいなくていい人ばかりの感じです。だからそういう人にとってはすごいいい大学だと思います。
ただ逆に大学に行って刺激を受けたいって人には退屈なところだと思います。運良くそういう人と出会わないと。東京から離れて閉鎖環境な田舎なのも大きい。
いやでもまあ、卒業した感想は悪くはないと思うけど最高ではないよね、って感じですね。周りはいい人が多いんで。高専から3編したサークル先輩も言ってたんですが、面白みはないと思います。真面目って感じですね。良い人が多いんだけどね…って感じです。あ、でも情報系のACはマジでキマってるんでそこに行く人は飽きないと思います。
・筑波大学の物理に向いてる人
上を見ずに自分の足元を見れる人。下手に東大京大とか上の人がいるんだと肩の力を入れると、自分のレベルの低さで失望するのに耐えられても、周りのレベルの東大京大レベルと比べた時の低さで耐えられなくなって死にます。ACや推薦で受験早めに切り上げるならともかく、大学に行って本当にできるやつに会いたいと思ってる人は浪人してでも東大目指しましょう。あそこは物理オリンピック金メダリストとかいて才能に会えるから。まあこれは自分の教訓ですが、あまり大学に対して期待を持ちすぎると落差があって失望してしまうんで、あまり希望は持たないように。むしろ周りの環境に希望を持つぐらいなら自分で頑張れるようにしましょう。
こんなもんですかね。気持ちいいとか上に書きましたが、自分の大学時代の負の側面と向き合ったんでだいぶ落ち込んでますが、後輩へのアドバイスというか参考にほんのすこしでもなればと思って、苦痛だけど公開しておきます。
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