2011年10月10日月曜日

「日本人教」に信心深い日本人

よく日本人は無宗教だとか信心がないと言われることが多いが、実はそうではないのではないか。「日本人教」とでも言うべき宗教にを信じてるんじゃないか、そう思うことがある。日本の習慣、美というのはあいまいな日本人教とでも言うべき宗教の教義なのではないか。

例えば、食事前に「いただきます」と言い食事後に「ごちそうさま」ということ。キリスト教圏などだと神に感謝という意味での儀式をやるけど、そういうのをやるのはよっぽど敬虔な教徒だけ。日本人みたいにほぼ全員がやる国があったら教えてほしい。一時期給食費払ってるんだからいただきますなんか言わせるんじゃないって親が言ったら、それは頭おかしいというコメントが多かったけど、これは日本人教という教義に反してると考えるとこの反応は納得できる。

他にも空気を読むという行為。これが美というかやらなきゃいけないと思うのは、たぶん島国で逃げ場がないことに起因するんだろうけど、これもやらないと「おいおい、こいつ頭おかしいよ」みたいな目で見られるし、子どもだといじめが起きる。これも日本人教を外れた異教徒がいて、その異教徒を排除しようとすると考えると納得がいく。

いい点としてよく言われる勤勉さ(「カロウシ」するまで働くとも言える)も日本人教の教義として勤勉に働けがあると考えると、日本人教に信心深ければ納得できる。

特定の宗教だけじゃなくて神道や仏教、生活での知恵や習慣とかをごっちゃまぜにしてできたのが日本人教で、だからクリスマスとか他宗教のイベントも楽しめる。正月は神社に初詣、12月はクリスマス、葬式は坊さんといろんな宗教が混じってるのも神道が多神教というのもあるだろうが、それをベースにこれまでいろいろ混ぜてきたからできる芸当なんじゃないかと思う。

ただ、隣人愛を説くキリスト教国が慈悲深くない国が多いが、だからと言って信心深くないわけでここらへんはどうかなーとは思う。

でも特定の宗教に信心深くなく、日本独自の習慣から外れると非難を浴びるって他宗教に寛容な宗教な気がするんだけどな。神が何かはわからないが(笑) しいて言えば「空気」という同調圧力か。

どうなんでしょ。あなたは日本人教を信じてますか?

0 件のコメント:

コメントを投稿